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アトリエは、人生のシミュレーションの場

🎨

小学3年生になったある朝、

娘は玄関でうずくまり

「もう、行けない。」と言いました。

ついに来たか、と思いました。

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「ついに」というのは、

入学式の次の日に、すでにその兆候がありました。

でも、担任の先生が毎日出す宿題プリントに

ひとこと欄があり、

その欄を通して

先生と娘の小さな交換日記が続けられ、

その間は、通うことができました。

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3年生になって、先生との交換日記が続けられなくなり

3年生の半分と、4年生の半分、

そして5.6年生と行かなくなりました。

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今のように SNSが使える時代ではなかったのですが

心配した周りの方々が様々な情報を持ってきてくれました。

その情報を整理しつつ、

心身ともに疲れ切っている娘の身体を

まずは 回復させることを最優先しました。

1週間くらいで、身体は回復してくるのですが、

気持ちの方が、モヤモヤしたままです。

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よくよく観察していると、

私の気持ちが、モヤモヤしているので

娘もモヤモヤしていることに気がつきます。

ある年齢になったら、学校へ行く と

あたり前のように思っていたけれど、

そもそも学校へ行くって、どういうことか

自分の頭で考えていなかったことに

初めて 気がつくのです。

そして学校へ行くことの

自分なりの答えを持っていない私が、

娘が学校へ行かないことを受け入れているつもりで

一体 何を受け入れていたのやら(苦笑)

それに私自身、不登校になった体験はないので

実際 どうしたらいいのか、わからないし

確固たる考えがあるわけではなく

自信もありませんでした。

そういう弱気な私の気持ちを

娘も感じとっていたようです。

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娘が これから先、

豊かな人生を生きていくのに必要なものを

「学校で学ぶ」という選択肢を 

今は選びたくないと言っています。

それに対して、

私は どうやって、必要なものを学ぶ環境を

整えたらいいのか、

情報はたくさんあれど、

親として自分なりのポリシーが

必要だと思いました。

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当時は、

不登校であることは、

私も世の中も 

とてもネガティブな出来事として捉えていました。

周りからも、親が甘やかせすぎたから、

ひとりっ子で 可愛がりすぎたから、

引っ込み思案で、学校に行けない弱い子に育てたと

いろいろ言われました。

確かに 

そういう面もあるかも知れません。

かなり凹みました。

けれど、ここまで

私は、私なりのポリシーを持って

自分で決めて育ててきたことです。

その時々最大限の様々な努力をして

現状の状態で済んでいるのだから

良しとしました。

それより、この体験が

娘の将来の「強み」に変わるように

暮らそうと思いました。

学校に通っている人たちとは

違った体験をすることになったのだから、

その視野の違いが

彼女の強みになり、良さになり、

世の中の役に立てるような何かになるように

過ごしていこうと思いました。

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ここまで、考えてきて

ハタと思ったのが、

この思考と行動パターンは、

アトリエで”モノつくり”している時と

同じだということです!

これをやりたい、こうしようと

自分なりに決めて、

最大限、それに向かって 

試行錯誤を重ねていきます。

途中で、うまく行かないことがあっても、

そこから何かをつかんで

また創意工夫して

次の一歩を生み出す。

そういうふうに

自分の人生をクリエイトしていく

シミュレーションができる場が

アトリエなのだと気づいたのです。

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これは

生き方の問題。

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”モノつくり”を通して

人生を学んでいく。

どうやって自分の人生をクリエイトしていくか、

失敗しても

ゲームのように人生のリセットをせず

そこから学んで、

次に活かし、

新たなモノを作り出していく。

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そうなると、

アトリエでの私の在り方と

現実世界での私の生き方が

重なってきて、

アトリエでも 家庭でも

娘に対して対応を変えることは

おかしいことに気づき、

同じように接していくことを

改めて、再認識しました。

 

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