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スキンシップ

今日は、また寒さが戻ってきた。

今も、窓ガラスに、氷の小さな粒があたり、シャラシャラ言っている。

最近、アトリエの会員さん向けのお便りに「スキンシップ」のことについて書いた。プチ・クラスのお母さまに、スキンシップはいつまで必要か?という質問を受けたので、もう一度、スキンシップに付いて考え直してみたのだ。

赤ちゃんは、肉体的な成長のために「母乳」や「ミルク」を必要とする。そして、人の成長はそれだけじゃなくて、精神的な成長のために「心をしっかり向け」「共感を伴った」スキンシップや、声かけにより、安心感と信頼感が育まれ、母子の間に「愛着」が形成され、母親が安全基地となる。

自分が無条件に愛されているという感覚は、大人になってからの、「自分は何もしなくてもここに存在している価値がある」「自己肯定感」につながっていく。

環境である母親がいかに大事かというのは、誰でも知っている。確かにそうだ。

それと同時に、すべてを母親の責任に押し付けてしまう考えが出てきて、母親を追い詰めかねない。

でも、少し前は、母親の役目を、少しずついろんな人やところが、担ってくれていた。兄弟や、祖父母、叔父、叔母、隣近所、地域、社会…。そして、それもなければ、周りにはたくさん自然があって、自然が担ってくれた。

プロフィール詳細にも書いたけれど、私がナマの「自然」と出逢ったのは、娘を産んで、娘と出会ったとき。

娘は、私に「無条件の愛」を求めてくるが、それと同時に、私を「無条件の愛」で愛している。信頼している。生死がかかっているので、信頼せざるを得ないということもある。が、圧倒的に「無条件の愛」で愛してくれている。

でも、私は申し訳なくて、娘が私に向けてくれる「無条件の愛」を受け取れない。
なぜ、申し訳なく思ってしまうのか?

それは、私が「条件付の愛」ばかり、選ぶようになってしまったからだった。

娘が与えてくれる「無条件の愛」は、私が娘を「無条件の愛」で愛することを条件にしているように、感じてしまうのだ。

そんな複雑な心理状態になかなか気づけないときは、ただただ苦しくてたまらなかった。

なにがどう苦しくてたまらないのか・・・「条件付の愛」はきっと物心つく以前に私の中に刷り込んでしまったものなのだろう・・・無意識の中に放り込まれたものに気づくのは難しく、まったく、わからない。。。

苦しくて、悲しくて、叫びたい気持ちで、ひたすら、玉川上水を泣きながら、雨の降るなか歩いていたことも。

ふと、気がつくと、私の周りを、目には見えないのだけれど、透明な幕のような、そんな感覚がするようなものが、包んでいるように感じた。

私が歩くと、一緒に移動し、止まると、一緒に止まる。

こんな、くしゃくしゃな私なのに、なぜ一緒にいるの?

こんなダメダメな私なのに、なぜ包んでくれるの?

何も、言わずに、ただただ、包みこんでくれる。

それが、意識的に、「無条件の愛」を体験した最初だったのかも。

それから、大きな樹に出会ったり、小富士で寝転んだり、海辺でひたすら1日中海を見続けたり、私は、自然とのスキンシップから、心のエネルギーを得るようになった。

考えてみれば、スキンシップが必要なのは、赤ちゃんだけじゃない。もちろん人生の最初の時期にたくさんのスキンシップがあることが大事。赤ちゃんは自分で動くことが出来ないから、行動範囲が限られてしまうために、それを補い、赤ちゃんに寄ってきてスキンシップを与えられる存在が必要。

でも赤ちゃんの時だけじゃなく、
ずっとずっと、老年期になっても、
一生を通じて、
心のエネルギー源であるスキンシップは、
大事なのだろう。

と思う。

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子育て・自分育て」カテゴリの記事

コメント

いつも素敵なブログありがとうございます

私もスキンシップはとても大事だと思います。
今まで生きてきた中で、人に支えて貰っていることが多く、私一人の力ではここまでこれなかったと思います。

ボロボロになった私を、ただひたすら見返りを求めず助けてくれた人のことを私は決して忘れません。

人と人の触れ合いは限りなく私自身に勇気と力を与えてくれました。

いつもでも人の暖かさを感じて生きていきたいと思ってます。

投稿: ちゃた | 2010年3月10日 (水) 00:05

◆ちゃたさま~

こちらこそ、いつも読んでくださり、ありがとうございます 

ちゃたさんの 輝きの中には、助けてくださった、
大切なその方の響きも 入っているのですね。。。

しみじみ 感じさせていただきました。
私の中で、いろんな方向へ、広がっていきました。

ありがとうございます 

投稿: プレモワンモ | 2010年3月12日 (金) 20:12

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