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2010年3月

平成21年度 最後の夕陽

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部屋が、急にオレンジ色に染まる。

何事かと思い、窓の外をみると、陽が沈むところ。

雲が、どんどん その形を変えていくのを 眺めていた。

変わって欲しくないときが ある。

だけど、ときは どんどん 過ぎていき

すべてのものを 変化させる。

もう2度と、失いたくなかったから

これ以上 出逢いたくなかったのに。

刻々と変化していく 姿を

いろいろなものに 重ね、

私は 夕陽から 目が離せないでいる。

だからこそ、

いま。

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ブルームーン の 朝

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昨日は、あんなに寒くなるとは思いませんでした!

久しぶりの 晴れやかな朝に

富士山が見えると、なんだか ホッとしますね 

3月2回目の満月の今日も 1日 健やかでありますように。

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春の暖かさを求めて

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花冷え…というには、あまりに寒い・・・。

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春のような日があると、今日みたいな寒い日には、ますます 春の暖かさを求めたくなるのでしょうか。

今日は、ピンクのお花がよく目に付く1日でした。

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Hawaii の風と海と

今日、Hawaii の風を運んできてくれた人に逢った。

昨日の夜、成田に着いたばかりだそうだ。Hawaiiでは、自然の中をいっぱい歩いて、元気になって帰ってきた  と、リラックス、はつらつ、さわやか、などの言葉が、彼女が動くたびに、何かを話すたびに、ぽろぽろと こぼれおち、周りにいる私たちも、元気になってくる。。。

素敵な、ひとときを ありがとう 

そして、4年半前に行った、カウアイの海を 思い出してしまった!

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私は、泳ぐのが苦手。水の中に潜ったり、天と地がひっくり返り、上も下も無くなる感覚は、とっても怖い…。

なのに、カウアイの海へ行った時、シュノーケルをすることになってしまった。。。

沖まで船で出て、イルカの群れに遭遇した後のこと。

やらないといえば、それで済んだと思うのに、なぜだか シュノーケル一式を受け取ってしまう。

シュノーケルを装備した段階で、もう呼吸困難になって死にそうな気分。涙がチョチョギレてくる…。

何回も船の上と水と 行ったり来たりする。

やっぱり、もうやめようかな・・・・と思う。

だけど、

なぜだか、何かが 私の背中を押すのだ…。

少しずつ、シュノーケルをつけていることに慣れ、手すりにつかまったまま水の中に顔をつけたりするが、怖くて 怖くて…。だって、足もつかない、深いところだよー!

船の上にすぐ上がってしまう。

だけど、また背中を押されるような感覚がして、また水の中に戻る。

何回、そんなことを繰り返していただろうか…?

ついに、友人にも呆れられてしまった…。

だけど、何かが、私の背中を、そっと押すのだ・・・。

ええい、もー、どうにでもなれ~!!と 水の中に思いっきり入っていく・・・

その時だった。

私の、身体の細胞が、どんどん溶けて、

海と、自分自身の身体との境目が・・・無くなってしまった。

どーっと流れ込んでくる感覚と、

どこまでも、広がっていく感覚…。

海に差し込む光が、海の中でキラキラ 

心地いい感じと、なにかがいっぱいになってしまった時、

もとに戻った。

海と出逢ったような気がした、

ほんの一瞬の出来事。

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言葉を信じられる

「じゃぁ、1回だけ、風船で遊ぼうね」

そう言って、子ども2人と、大人と、風船で遊び始めました。風船が、パスできなくて、下に落ちてしまったら おしまいです。

「1回~、2回~ ・・・・」

何回目かに、落ちてしまいました。

すると、子どものうちの一人が、もう1回やりたそうな素振りを見せました。

だけど、

「あ~、落ちちゃったね。1回だけだから、おしまいね」

と言って、その方(大人)は、

ちゃんと 約束を守り、

本当に おしまいにしたのです

すごいなぁーーーと思いました。

そして、

さすがだなーーーと思いました。

子どもに、駄々をこねられると、「ウルサイ!」という気持ちや、周囲の人の手前、あるいは 子どもに受け入れられたくて(良い顔したくて)、ズルズルと、大人の勝手で、大人の都合で、約束したのに、大人の方が破ってしまうことがよくあると思います。

また、「おしまいね。」といいながら、違う意味に言葉を使っているときがあります。「あ~、おわって、セイセイした…」「ちゃんと言ったでしょ!」など、ウンザリしていた気持ち、言うことを聞かないことへの苛立ち、怒り、だまし、脅し、不安など、さまざまな気持ちで、言葉どおりに行動はするけれど、言葉の裏に隠された気持ちで、言葉の意味と違ってしまうことも、よくあると思います。
「おしまいね」と言いながら、子どもへ「私の気持ちを察しなさいよ」と要求しているようなことです。親子だけでなく、普段の生活の中でも、他の関係(夫婦、会社、友人、ただ電車で乗り合せた人…など)で、私も知らないうちにやっていることがあります 

そうすると、

子どもは、言葉が だんだん 信じられなくなってしまいます。

信じられなくなると、なんとか不安を和らげ、信頼感を得ようと、駄々をこねて、感情で人をコントロールしようとし始めたりします。

子どもに対しては、特に 気をつけてあげたいと思います。

なぜなら、子どもの外界の捉え方の基礎に大きく影響してくると思うからです。

そういう時期に、言葉を信じられるようにしてあげることは、スキンシップと同じくらい大切なことです。

どうやったら、言葉を信じられるようになるかというと、まず「約束を守る」ということ。そして約束が守れなかったら、子どもの年齢が何歳であっても 子どもにちゃんと謝る

つまり、何気ない一言であっても、親が発した言葉どおりに 親がちゃんと行動していることが重要になってくるのです。

言葉が信じられる=親との基本的信頼感が育つ

           =人間に対する信頼感も育つ

ということになります。

さきほどの方は子どもが「やりたい」という正直な気持ちを伝えてきたとき、そのまま言葉どおりに まっすぐ受け取りました。さらに今、風船で遊ぶには1回がいいと判断し、「1回だけね。」と約束をして、その言葉どおり、文字どおり、そしてその意味どおりに行動したので、子どもは駄々をこねなかったのです。

嘘のない言葉が、言葉どおり、その意味どおりにやり取りされているのを 目の当たりにして、清々しい気分にもなったし、その場の雰囲気が安心感・信頼感に包まれていて、これが言葉を信じられる世界なんだなぁと また 改めて 感じ入りました 

ありがとう 

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講演会の模様、新聞に掲載されました!

去る3月22日(月・祝)に 開催された 末永蒼生 出版記念講演会の模様が、本日2010年3月25日の朝日新聞・朝刊、生活欄に掲載されました! 

ぜひぜひ ご覧くださいね。

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私を育てる わたし 20100320版

先日、色彩学校の基礎コースの最終日の聴講で、私を育てる わたし」というタイトルで 絵を描きました。

2月のチャイルドアートカウンセラーコース最終日に描いた、「チャイルドアートカウンセラーとしてのわたし」(2010.2.7の記事)とは、まったく違う絵になりました。

全体を俯瞰したり、今後の自分という絵というより、今、取り組んでいる「私を育てる わたし」の部分的な側面を表現したような感じです。

今まで自分が生きてきた すべてのことが、意味を成さなくなり、全面否定、価値観がボロボロ崩れていく…。どれも、何の指標にもならない。そんな衝撃的な事件が起こり、放心状態。ブラックホールに引きずり込まれそうな自分をなんとかしたいのに、何をどうしたらいいのかさえ、思いつかない。セラピストにも見放され、自分でどうにかしなければ、いけない。

究極の問いのあとに得た、弟との「約束」。

そのときは、あまりにショックだったので、ネガティブな面しか見えなかったのですが、今から思えば、誰かが敷いたレールの上ではなく、誰かの人生を生きるのでもなく、本当の意味での自立、リセットした、白いキャンバスの上に、やっと自分自身で、自分の責任で、自分の人生の絵を描こうという位置に立てたという、ポジティブな側面もありました。最近、そのポジティブな面をとても強く感じます。

どうやって、絵を描いていったらいいのか…ともかく、体当たり。出逢ったものを やってみなければ、これ以上先には進めない。色彩心理も そのうちの大事なひとつです。

見えない光を求めて  …
でも、本当は、光はそこにあって、見ないフリをしていたのかもしれない。こころの奥にしまいこんで、ずっとずっと「私」という輝き  を 守ってきた「わたし」。

さて、絵に戻りますが 描いている最中は、とっても気持ち良かったです。 B4くらいの大きさの画用紙に描いたのですが、紙の大きさが足りなくて、もっともっと大きなキャンパスに描きたいくらい・・・。
ネガティブな感情を、今までに無いくらい強いタッチで、確信を持って 描いた中に、そんな私を見守る「
眼差し  」のようなものが、ありました。

「私」と「わたし」が、完全に重なっているときは、つらかったですね。だから、「弟との約束」という、外側の何かが必要だった。

だけど、この絵を見ていると、「私」のなかに「わたし」がちゃんと息づいていて、「私」を客観的に、だけど信頼を持ってあたたかく見守る「眼差し」があるように見えます。「安心して、どんな感情も表現しても 大丈夫だよ。どんどん、解放して!  」と伝えてくれているかのようです。

そして外側の何かに、自分の存在を預けなくても、「私」が<わたし>であることで、ここに存在していてもいいというように、自分の内側に持つ感覚がまた少し強くなってきている印象を受けます。

ネガティブな感情にも、ちゃんと向き合っていける、本当の強さを、これからも育てていきたいと思います。

感情に、良い悪いはなく、

ドロドロも ネガティブな感情も、

全部ひっくるめて まるごとの自分自身。

ちゃんと味わって、

良い悪いを超えた「わたし」の視点から、

次の 自分の人生創造の選択を

軽やかな こころで、行い、

あなたと、また

まっさらな こころで

出逢っていきたい と思います。

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忍野八海へ

春休みになり、娘とふたり、ものすごーく久しぶりに、ドライブへ出かけました 

 

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温泉の前に、忍野八海へ。

 

以前、訪れた時の記憶を頼りに、のんびり歩きます。透きとおった湧き水に惹きこまれ、落ちないように、ふたりして、用心。。。でも ふたりして、危ない…

 

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春には、まだ遠く、名残惜しそうに雪も少し残っていて、、、。でも、待ちきれない"芽"たちが いっぱい いましたよ。  

 

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ネコ君  も なにかを 探していたようですが、私たちのとは、違いました。

 

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空気が良いからか、ハッキリクッキリ撮れてますね~ 

 

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おいしいお蕎麦と、コーヒーと、草もちで、お昼ごはんを食べました。

 

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お店で、待ち時間に 撮らせていただきました! 

 

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いっぱい しゃべって、

 

   いっぱい お互いの感性を楽しみ

 

                 ゆっくり 温泉 に浸かり、

 

ひさしぶりの 長時間のドライブ、

 

      揺られて 気持ちよく眠るのを 楽しむ 娘、

 

           くねくね 山道 運転を、楽しむ 私…

 

春の遠出は、穏やかな お天気に恵まれました 

 

 

 

 

 

 

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無事 終わりました

末永蒼生 出版記念講演会(東京会場)が、本日無事開催され、大盛況の内に終わりました。
お越しくださって、ありがとうございます!

福岡(4/11) 名古屋(5/16) 盛岡(6/20)と、続いて開催されます。あなたの街の近くでしたら、ぜひぜひ足を運んでくださいませ!

講演は、親も子も、幸せな気持ちで過ごすための、子どもの絵に表れるヒントを中心に、44年間の活動の中から、たくさんの事例をもとに、お話が進められました。

子どもはもちろんのこと、大人のこころも暖かくなる、幸せになる…そんな新たな視点がたくさん増えたように思います。

「子どもアートワークショップ」を担当した私たち、提携アトリエのチャイルドアートカウンセラーたちも、子どもたちと一緒に、とても楽しい時間を過ごすことができました。

たくさんの あったかい  とともに

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満員御礼

先日、お知らせした「末永蒼生 出版記念講演会」が、

明日開催されます。

おかげさまで、満員御礼になりました! 

ありがとうございます 

私は、「子どもアートワークショップ」担当で、明日は会場におります。同じく担当の、他のチャイルドアートカウンセラーたちとともに、WSに来てくれる子どもたちと出逢えること、とっても、楽しみにしております!

新刊の『絵が伝える子どもの心とSOS』も、

これまた お勧めです!

たくさんの子どもの絵が掲載されていて、とても見やすく読みやすいし、「絵をとおして」ならではの、子育てのヒントがいっぱい!

「絵をとおして」子どもの成長を見たり、「絵をとおして」子どもの心の状態に添った子育てを考えていくことは、親子ともに、余分な心配やストレス、不安、気持ちの行き違いを、修正してくれるきっかけとなることでしょう。

そして、もともとその人に備わっている、とっても素晴らしい、さまざまな「自分らしさ」を、親子ともに発見、再確認していくことにも、つながっていくと思います。

ぜひぜひ、ご活用くださいね。

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ワインといっしょに

今。

バロック音楽を聴きながら、

家族団らんの時間・・・

ワインをいだたいて、

久しぶりに、

家族とともに

心地よく酔っています 

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1日の終わりに

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昨日、ライアの個人&グループ・レッスンで伺ったお宅。

部屋に入って最初に 目に飛び込んできたもの…

…それは、とても 綺麗な 蘭 の花 

ご主人が、がんばって 大切に育てられ、

花を咲かせられたのだそうです。

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ご主人の愛情を、いっぱい受けたのだと思います。

あまりの 美しさに、こころ奪われ、

レッスンの前に 写真を撮らせていただきました 

美しい花と、美しい夕陽

ライアの小さな響きと、お仲間たちの穏やかな響き。

昨日は、言葉にならなかったこと。

朝から 想うところ、感じるところが たくさんあって

1日の終わりに 留めのように出逢った、

あまりの 美しさに

良いも 悪いも すべてを越えた

究極のものへと

ふと 想いを

馳せてみたくなったのかもしれません。

そこでしか、納得の出来ない、理解の出来ない

そういう 事柄なのかもしれません。

小さな私には、計り知れないことですが…

でも、小さな私にしか出来ない 小さなことを

また

明日も 淡々と 丁寧に していくなかで

ふと 出逢うことなのかもしれません。

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今日は・・・

たくさんのことがあって、

たくさんの想いが湧いて、

言葉にする回路がショートしたみたいです 

眠ることで、脳内の 情報処理能力に

任せることにします。

おやすみなさい。

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”escape”な時間

La Primavera

何年ぶりだろうか…

春を こんなにも 心地よく感じられるのは。。。

春風のなかに、

萌える木の芽のなかに

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今にも咲きそうな つぼみのなかに

咲き始める花々のなかに

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春の女神の 歓びの 戯れ。

――実は、昨年より 花粉症から 解放されました 



今日は、私にとって「escape(エスケープ)」の日でした 

いまは、コンピュータ用語(操作取り消しキー)として、多く使われるようですね。

私が使うときは英語の「escape」からの「逃げる」「免れる」の意味です。日常からの「escape」という感じです。語源はラテン語で「外套を脱ぐ」という言葉だそうです。今日は、汗ばむくらいだったから、ピッタリだなぁ~。そしてフランス語を経由して、英語の「束縛から逃れる」という意味になったそうです。

今日は昨年の夏以来 逢っていなかった友人と 一緒に過ごしました。メールのやりとりはしていましたが、逢うのは 本当に久しぶりです。

そして気づいたことが…。

「escape」の日に、自然の中で 一人で過ごすこともありますが、それは「自然に自分を同調させて、心と身体を癒す」。自分の「ありのまま」を思いだすという感じです。

だけど、今日のように、何か他のものに同調したりせずに、自分は「そのまま」。「ありのまま」の自分で ともに過ごす。日常の肩書き、役割、性別さえも全部おろして、ただの「いのち、そのままである」という意味の「ありのまま」。

今日は、まさに、そういう「escape」の日であったのです。

彼女は、いろんな場面の私を見てくれていますが、その時々、全然違う。けれど、どれもその時々、本当の私の姿。それをちゃんと分かってくれている人。というか、彼女といるとそういうふうに、自分が自然になれるのです。とっても魅力的な彼女なのです。 

ふと、ここのところの いろんなことを振り返ってみると、「escape」な時間を 過ごさせていただいている方が 他にもいます! 

今まで「escape」って、ちょっとネガティブな、逃げの言葉として捉えていたけれど、少し肯定的な面も見てみたくなりました。

「束縛から逃れる」ってことは、自分で自分を縛っている、トラワレを自分で解放する。

「外套を脱ぐ」ってことは、裸の自分、ありのままの自分になるということ。

人によっては、心地悪いことかもしれませんが、私は、「ありのまま」でいることが どうも好きらしいです。「ありのまま」でいることが、まだまだ難しいところもありますが…。

そして、そういう「escape」な時間を 共有できる方々と 出逢えていることを、改めて感じて、とても うれしく 幸せに 思いました!

あなたに 出逢えたことに 感謝です   

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La Primavera

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春風が、冬の寒さを 吹き払うかのような 1日でした。

アトリエからの帰り道。

また、新たに咲いている花々を眺めながら、

15世紀の画家、ボッティチェリの

「La Primavera(ラ・プリマヴェーラ:春)」を思いだしました。

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好きなものが 3つ 寄りました

 White Day  を、

みなさんは いかが過ごされたのかなぁ~?

私は、White Day だから というわけではありませんが、

今朝、大好きな カサブランカ(百合)の苗を植えました 

夏の頃が、今から 楽しみ~

そして昨日、大好きな ほっこりちゃんから、プレゼントが届きました!

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ほっこりちゃんは、最近 切り紙にはまっている… 

モチーフは、私が18歳の頃から大好きなキャラクター「ダヤン」。絵本「かいじゅうたちのいるところ」のかいじゅうのような、イタズラっぽい一面が好き。

いろいろダヤンの絵本がでているようだけど、
私は、私のイメージするダヤンの世界が好きだから、
ダヤンの絵本は全然読まないのだ 

殺風景な我が家のリビングが、
おかげで少し、かわいくなったよ 

ほっこりちゃん、ありがとう 

朝から、庭仕事したり、切り紙のフレームの写真撮影したりしておりましたが、今日は、多くの時間、色彩学校での講座、中級コースのアシスタントとして参加。

参加するたびに、新たな発見。

だいぶアシストの仕事にも慣れてきて、一緒に講座を創っていく(気分だけかもしれない? )楽しさを、最近感じる。息があう感じが、なんとも心地良い。

駅からの家路25分。歩きながら、アシストの心地よさを充分感じて、満喫するには、ちょうどいい時間の長さ。

今日も、1日、よかったなぁ~

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大変さの 比べっこではなく…

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感じたこと、感じていることを、言葉にするって、

本当に 難しい…。

なかなか、言葉になりにくいです。

昨日の記事に書いた彼も、言葉にするのは、難しいと言います。

私の中にある「難しい」という感じと、

彼の「難しい」という感じは、

質も量も、深さも全然違うと思います。

「どっちのほうが大変!」という、大変さの比べっこや、

レッテル貼りによる、切捨ては、したくないし、するつもりもありません。

ただ、彼のこころの近くに 寄りたくて…。

その 取っ掛かりとして、

自分の中にある「言語化することの難しさ」の感覚を入り口にしたい。

そうやって、自分にちゃんと引き寄せて、

他人事でもなく、自分事の問題に摩り替えちゃうわけでもなく、

ともに、ここに生きている、対等な人格を持った、

同じいのちとして、

彼のことを感じたい。

そうやって、お互いの存在を確認したい。

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きみに

春の雪のあとの 富士山 

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先日、会話のなかからピンと来た彼女が、中学生の自閉症の方が書かれた本を貸してくださいました。見た目からは、計り知れない、内なる心が綴られていて、私は、何回も読み直してしまいます。『自閉症の僕が跳びはねる理由』東田直樹著・エスコアール

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お散歩が好きなのはなぜかという問いかけに、「緑が好きだから」と応えます。

緑が美しいからではなく、自分と同じ「いのち」だから。いのちの色が「」だから。

障害者というだけで、多くの人に迷惑をかけざるをえないこと、言われもない中傷や誤解を受け、人格も否定されかねない言葉を浴びせられることが多い日々。心を痛めて、生きている彼にとって、自然は「この地球に生きていていいのだ」と、元気が湧いてきたり、ぎゅっと心を抱きしめてくれるのだそうです。

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「自然は、いつでも僕たちを優しく包んでくれます。

 きらきらしたり、さわさわしたり、ぶくぶくしたり、さらさらします。」

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自然と一体になれる彼は、自然と遊ぶことがとても気持ちよく、

自分が人であるとか、障害者であること、を

忘れてしまうのだそうです。

「自然を友だちだと思う心を、

 いつまでも大切にしたいのです。」

彼の言葉が、

心に いっぱい 広がって

その 香りを 味わうこと

ただただ それだけで 精いっぱいの 私です。

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思いだすもの

ちゃたさんから、昨日の記事にコメントをいただきました。

ありがとうございます 

コメントを読んでいるうちに、いろんなことを思い出し、またいろいろ考えました。

その人が一生、生きていけるだけの充分な愛情は、持って生まれてきた。」と聞いたことがあります。

「欲しい。欲しい。」と思って、生きていくことは、とっても辛いですね。さんざん経験した私はよくわかります。

でも、すでに充分持っているという前提の元に考え直してみたら…?

生まれたばかりの自分のこと、忘れちゃっているけれど、どの赤ちゃんも、ただそこに存在するだけで、周りの人を幸せにするような輝きを持っています。生まれたばかりの自分て、無条件に世界を愛し、人を愛している…そんな人の代表じゃないでしょうか?

でも、生まれてからの3ヶ月で、すでにそのことを忘れちゃう赤ちゃんがいるそうです。心からのスキンシップや、共感の伴った声かけやケアが無かった場合ですね。

自分はこのままではダメなんじゃないか…と。それで、なんとかして関心を持ってもらおうと頑張っちゃう赤ちゃんもいれば、「どうせダメだよ」と諦めちゃう赤ちゃんもいます。持って生まれた性格というのかしら?

でも、早いうちに、周りの大人たち(環境)が気づいて、再び、心がこもり、共感の伴ったスキンシップや声かけ、ケアがなされると、また輝きを取り戻してきます。無条件の愛が、輝きだすのです。

すでに、充分な愛を持っているのだとしたら…?

そもそも、満たすとか、満たされるとか、そういう問題じゃないのかも。

欲しいとか、与えるとか、そういう問題じゃないのかも。

心がこもり、共感の伴ったスキンシップや声かけ、ケアは、

もしかしたら「思いだす」ためのものかも。

心がこもり、共感の伴った、その行動は、

無条件の愛の行動そのもの

そういうふれあいを、赤ちゃんの頃から、触れ続ける事によって、大人になってからも、自分の中に、充分な愛があることの確信が生まれ、与えあう、分かち合う人になる。

充分な愛があることの確信=自分が<自分>であること

勇気や力は、自分であることの一部の属性。

すでに持っている、その力を、思いださせてくれるのは、周りの支えてくれる人々、自然。

そう考えてくると、私は、なんだか元気になる。

生きるエネルギーが湧いてくる。

ここで思い出したことがあります。
マイケル・ジャクソンのオックスフォード大学での講演の記事を読んだときのことです。

そのなかで、子どもたちに向けて「もう一度愛する方法を大人たちに教えて上げてください。」という一文がありました。大人の自分からこれを読むと「おいおい、私は愛する方法を忘れちゃったのかい?」と情けない気持ちになります。が、マイケルの記事を読みながら、「傷ついた2歳の頃の自分」になってしまっていた私は、「絶対、そんなことできない!」と反発して、「ふん!」とか言いながら、そっぽを向きました 

でも、読み進んでいるうちに、マイケルも話しているのですが、私が恐れているのは、人間的な感情であり、その奥にある無条件の愛を知っているのだと思います。だから、私は、弟の法事の時(2月11日の記事)、どんな感情を持っていても、「愛せる自分」を感じたのだと思います。

そして、「創造」するとは「思い出すこと」と同じ脳の使われ方をするという話。「思いだす」ということが、無条件の愛につながっているのだとしたら、「創造」することも、何を創造するのかと言えば、突き詰めた奥にあるものは「無条件の愛」なのか?

いやいや、突き詰めなくても「無条件」なのだから、何を「創造」してもいい。どんな表現をしてもいい。どんな色を使ってもいい。そうやって、安全で安心して表現できる場で、自分の中にある「無条件の愛」を「思いだす=創造」する。

そうやって、<自分らしさ>を取り戻し、元気になっていく…。

スキンシップって、するほうも受けるほうも「自分らしさ」を「思いだす」ためのもの。

「自分らしさ」をお互い確認するためのもの。

だとしたら、やっぱり、ずっと ずっと 大事 だね 

    と、思考は、ぐるぐる するので ありました・・・

お付き合い、ありがとうございます

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スキンシップ

今日は、また寒さが戻ってきた。

今も、窓ガラスに、氷の小さな粒があたり、シャラシャラ言っている。

最近、アトリエの会員さん向けのお便りに「スキンシップ」のことについて書いた。プチ・クラスのお母さまに、スキンシップはいつまで必要か?という質問を受けたので、もう一度、スキンシップに付いて考え直してみたのだ。

赤ちゃんは、肉体的な成長のために「母乳」や「ミルク」を必要とする。そして、人の成長はそれだけじゃなくて、精神的な成長のために「心をしっかり向け」「共感を伴った」スキンシップや、声かけにより、安心感と信頼感が育まれ、母子の間に「愛着」が形成され、母親が安全基地となる。

自分が無条件に愛されているという感覚は、大人になってからの、「自分は何もしなくてもここに存在している価値がある」「自己肯定感」につながっていく。

環境である母親がいかに大事かというのは、誰でも知っている。確かにそうだ。

それと同時に、すべてを母親の責任に押し付けてしまう考えが出てきて、母親を追い詰めかねない。

でも、少し前は、母親の役目を、少しずついろんな人やところが、担ってくれていた。兄弟や、祖父母、叔父、叔母、隣近所、地域、社会…。そして、それもなければ、周りにはたくさん自然があって、自然が担ってくれた。

プロフィール詳細にも書いたけれど、私がナマの「自然」と出逢ったのは、娘を産んで、娘と出会ったとき。

娘は、私に「無条件の愛」を求めてくるが、それと同時に、私を「無条件の愛」で愛している。信頼している。生死がかかっているので、信頼せざるを得ないということもある。が、圧倒的に「無条件の愛」で愛してくれている。

でも、私は申し訳なくて、娘が私に向けてくれる「無条件の愛」を受け取れない。
なぜ、申し訳なく思ってしまうのか?

それは、私が「条件付の愛」ばかり、選ぶようになってしまったからだった。

娘が与えてくれる「無条件の愛」は、私が娘を「無条件の愛」で愛することを条件にしているように、感じてしまうのだ。

そんな複雑な心理状態になかなか気づけないときは、ただただ苦しくてたまらなかった。

なにがどう苦しくてたまらないのか・・・「条件付の愛」はきっと物心つく以前に私の中に刷り込んでしまったものなのだろう・・・無意識の中に放り込まれたものに気づくのは難しく、まったく、わからない。。。

苦しくて、悲しくて、叫びたい気持ちで、ひたすら、玉川上水を泣きながら、雨の降るなか歩いていたことも。

ふと、気がつくと、私の周りを、目には見えないのだけれど、透明な幕のような、そんな感覚がするようなものが、包んでいるように感じた。

私が歩くと、一緒に移動し、止まると、一緒に止まる。

こんな、くしゃくしゃな私なのに、なぜ一緒にいるの?

こんなダメダメな私なのに、なぜ包んでくれるの?

何も、言わずに、ただただ、包みこんでくれる。

それが、意識的に、「無条件の愛」を体験した最初だったのかも。

それから、大きな樹に出会ったり、小富士で寝転んだり、海辺でひたすら1日中海を見続けたり、私は、自然とのスキンシップから、心のエネルギーを得るようになった。

考えてみれば、スキンシップが必要なのは、赤ちゃんだけじゃない。もちろん人生の最初の時期にたくさんのスキンシップがあることが大事。赤ちゃんは自分で動くことが出来ないから、行動範囲が限られてしまうために、それを補い、赤ちゃんに寄ってきてスキンシップを与えられる存在が必要。

でも赤ちゃんの時だけじゃなく、
ずっとずっと、老年期になっても、
一生を通じて、
心のエネルギー源であるスキンシップは、
大事なのだろう。

と思う。

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"ヘナ"の日

今日は、寒い1日。

久しぶりに、"ヘナ"をしました 

8年位前に、草だけの、他に何もはいっていない、ナチュラル・ヘナを見つけてからというもの、2,3ヶ月に一度、"ヘナ"タイムを楽しんでいます。

"ヘナ"の他に、シカカイや生卵、オイルなど、自分の髪質や、そのときの髪の状態によって、そしてそのときの気分によって、配合を変えたりします。

いつもは、夜寝る前に"ヘナ"を髪につけ、一晩そのままにして、ぐっすり眠ります。本当によく眠れます。そして朝"ヘナ"を洗い落とします。

"ヘナ"だけだと、私の場合は、髪がオレンジになってしまうので、夜、またインディゴ(藍)で髪を染めます。すると、私の場合真っ黒になってしまいます。

こちらは、20分くらい。その間、湯船にのんびり入りますが、体調によって、長い時間インディゴが大丈夫だったり、ダメだったりで、毎回違います。自然のモノは、本当におもしろいです。

今日は、久しぶりに、日中に"ヘナ"をしました。眠くてたまりません。雨が降っていたし、「春」という季節的なこともあるかもしれません。

溜まっていた仕事を、細々片付けながら、居眠りしながら…、ほとんど、ボーっとした1日でした。。。

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ひさしぶりの しずくちゃん

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春雨がやんだ朝。

富士山も ハッキリ くっきり。

そして 久しぶりに

しずくちゃんの 輝きをみました。

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子どものアトリエ アートランドの5つの特色 その6

5.作品ができると、色使いから
  子どもの心の状態や才能をキャッチ。
  ご家族に子育てのアドバイスをします。

子どもたちの作品の色、形、モチーフ、創作の様子などから、「末永メソッド」オリジナルのカラーカルテを使って、子どもたちの状況をお伝えし、心育てをお手伝いします。

どんな作品から、どんな子どもたちの心の状態や、伸びている能力がわかるのかは、末永蒼生先生の次の2冊の著書にあります。

『答えは子どもの絵の中に』講談社 2000年発行
http://www.heart-color.com/suenaga/suenaga_books.html

『絵が伝える子どもの心とSOS』講談社 2010年2月5日発売
http://www.heart-color.com/archives/2010/02/225.html

また、半年に一度「交流会」を開き、半年間の作品の流れから、子どもたちの成長を、他のお母さまたちとも一緒にシェアします。お互い子育てのあれこれを話したり、仕事のことや自分自身のことを話したり、色彩表現を楽しみミニワークをしたりします。ミニワークは、子どもたちがアトリエで、どんなことを体験しているのかを楽しみながら体感してもらうためのものです。

子どもたちの欲求に応え、必要な力を育み続けるなかで、

自分らしさを確認、実感できるような、

誰にとっても そんな場であるように、

これからも 地道に活動を

続けていきたいと思います。

(終わり)

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どんより…であっても

どんよりとした日は、どんよりと過ごす・・・

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おーい、おーい!

   薄紫の君が、呼び止める

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どんよりって、こんな感じかい?

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いやいや、もっと、こんな感じかい?

   そうだね、そんな感じだね。

ちゃんと 真下を向いちゃうことだね。

だってさ、チルチルミチルの青い鳥だって、

自分の足元(自分のところ、存在)にあったんだよね。

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そうなのよ。

だから、

笑顔でいても いいけれど、

あなたの 「どんより」も 認めてあげて。

過去に、認められなかった あなたの本当の感情かもしれない。

どんな感情でも、それは、大切な あなたの一部。

どうか 溜め込まずに、

起こるまま 認めて、手放し、流してあげて。

   ――わかったよ。そうしてみる。。。

      色に、良い悪いがないように、

      感情にも 良い悪いはないんだものね。

      それを、どう 表現したらいいのか…

      大人になった私は、知っている

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子どものアトリエ アートランド5つの特色 その5

4. 絵を描いたり工作をすることには、
  アートセラピーの効果が。
  心を安定させると同時に知的能力がどんどん伸びる!

多くの画家のうち、病気やこころの問題から回復するために、絵を描き始めた画家はけっこういます。ユトリロ、ピカソ、ニキ・ド・サンファル・・・など。

これらの画家から見えることは、絵や創作をすることには、心に溜まっていた、いろんな感情を解放し、自己を解放し、まるごと解放し、出来上がった作品をみることで、再び客観的に自己確認をすることで解放していきます。

すると、パンパンで身動きとれなくなっていたこころに、少し余裕が出てきて、その分、こころが元気になってきます。

こころが、元気になって安定してくると、本来持っていた、その人なりの能力が開花していきます。

子どもたちも同じです。

病気やこころの問題のような重い課題を抱えていなくても、日々の生活の中で、3歳なら3歳なりに、5歳なら5歳なりに、8歳なら8歳なりに、いろいろあります。悩みもあります。大人にはたいしたことじゃなくても、子どもにはとてもストレスに感じることもたくさんあります。
絵や創作をすることで、ワサワサ、イライラ、ツンツン、ガミガミなどが、だんだんおさまってくることは、よくみられます。表現することで、こころのなかにあるネガティブな感情も一緒に流れていき、表現する(心の外に出す)ことで、自己確認をして、さらにこころがスッキリします。

こころがスッキリして、安定してくると、次に「○○もしてみよう!」「○○はどうなっているのかな?」などやる気や好奇心が湧いてきて、知的な欲求が湧き上がってきます。そして、その欲求に従って、楽しんで次なる創作をしながら、知的能力がどんどん伸びていくのです。

(続く)

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子どものアトリエ アートランドの5つの特色 その4

3.インストラクターは、
  子どもが安心して創作ができるようサポート。

インストラクターは子どもの”助手”です。

アトリエで作るものも、使う画材も、子ども自身が自由に選ぶのなら、インストラクターは何をしているかというと、子どもの助手をしています。

「あ、ちょっと、ここ押さえていてほしいの!」
「○○したいんだけれど、どうしたらいい?」
  『うーん、そうだねぇ・・・(一緒に考えたり、一緒に画材を探したり、アイデアをいくつか提案したり…)』

そして、時には、インストラクター自身が真剣に創作することで、子どもたちの心が落ち着くのか、引き込まれるのか、創作に集中するということもあります。

「あれしちゃ、危ないよ。」
「これしちゃ、ダメだよ。」
「使ったものは、すぐ片付けようね。」
「こうしたほうがいいよ。(やる前から指示する)」
「これは、こうするんだよ。(先導する)」

という言葉は、あまりアトリエではでてきません。

「○○がしてみたい!」
『そうか! 実験、実験、やってみよう!』

となんでも、やりたいことをお試ししてみる。

自分でやってみる。

そういうときって、結果はどうであれ、全部 自分の身になっていくことが、子どもたちの姿をとおしても、実感します。

成功したら、一緒に喜んでうれしくなって、「ボクってすごいな!」「わたしって、やるじゃん」という、満足感を充分味わって、自己肯定感を深めます。

また、失敗してしまったとき、本当に自分で決めて、自分でやってみたことなら、人のセイにしたりしないで、そのことをちゃんと受け止めて、次のことを自分で、あるいは相談しながら、考えていけるんですね。

子どもたちの姿をとおして、気づいたことは、子どもの「育ち」を信頼すること。このことを胸に、その子本人と、周りが危なくないよう、環境を整え、様子をみながら、やりたいことを後押ししていきます。

インストラクターは、そういう、子どもたちの応援団でもあります。

(続く)

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子どものアトリエ アートランドの5つの特色 その3

2.いろいろな画材がそろっているから、
  好きなものが選べる。

アトリエでは、どの画材を使うかは、子ども自身が決めます。

画材は、常時準備してあるものと、季節のものや、通ってきてくれる子どもたちの成長にあわせて準備するものとあります。

いろいろな画材をそろえておくことで、子どもたちは、そのときの自分の心のケアや伸びようとしている能力に合わせた画材を、選んできます。その的確さは、本当に見事です。

そのためには、まず画材自身を知る必要があります。心惹かれた画材を手にし、先入観なしに、画材と触れていきます。

未知なるモノに、ワクワクしながら、画材と触れ合いますが、大人からみると「画材で遊んでいる」ように見えることでしょう。私は「画材と友だちになる」と表現しています。

無意識の内に、触感や色、形など、さまざまな視点から、自分の感覚とフィットする感じを探しているのでしょうね。

この一見、「無駄」に見えるような行為が、とても大事です。

どの子も同じことをするとき 

   (大人はどんなふうに見守ったらいいの?)

すべての子どもではありませんが、だいたい同じことをお試ししたいと思うものがあります。たとえば、絵の具の色を混ぜる、ラメグリッターを水に溶かす…など。

子どもにとっては、初めての体験で、感動すると「見て見て!」と声をかけてきますが、大人にしてみると、もうすでに遥か昔に体験済みで、共感できるほど新鮮じゃないことが多いですよね。

でも、大人のちょっとした工夫や、視点をちょっと変えるだけで、その新鮮じゃないことを、新鮮に感じられ、子どもと感動を分かち合うことができると思います。

同じことをしているように見えて、ひとりひとり、そして、そのときそのとき、まったく違うことがあるのですね。よーく観察していないとわかりませんが、それを探すのも楽しみの一つです。

また、ある時のことです。「透明プラスチックコップに水を入れ、ラメグリッターを入れる」ということに、はまっている人がいました。必ずアトリエに来るたびに、一度はやらないと気が済まないのです。その日は、「ラメグリッターを入れる」という行為にプラスして、竹串で「水をかき混ぜてみる」という行為が加わりました。

コップの中が、どうなったか、ご想像つくでしょう?!

そうなんです!! 

キラキラが、くるくる回って、とっても きれいだったんですね~

そのときの「ハッ」と感動した、小さな背中。

もちろん「水に入れたラメグリッターをかき混ぜれば、キラキラしてきれい。そしてもっと○○するときれい…」なんて、私は知っています。それに大半の子どもたちが同じことで伝えてきますから、今回が初めてじゃないのです。

だけど、なにが、私にとって、同じことが新鮮に感動できる視点になるか、よくよく私自身を観察してみると、私は、子どもの「センス・オブ・ワンダー」が発揮された様子をみることや、その場に立ち会えることが とても うれしいのですね! なので、その視点でも、様子をみるようにしています。

では、続きです。小さい背中が感動に振るえた後、彼(子ども)が、こちらを振り返りました。私もうれしくなって、ニコニコで見つめると、満足そうな瞳でニコニコを返してくれ、また探求に戻っていきました。

その子どもと私、同じこと(水の中でラメがキラキラした)で、感動していないですね。でも、お互い幸せで、あたたかい気持になりました。

アメリカの心理学者カール・ロジャースの著作※を読んでいたときに「喜んで別の人である他人のために、自分自身のしかたで自分自身の感情を持つというもの」を、所有欲のない感情、それは「(別の人にとって)愛されているという経験」という文章に出会い、こんなふうに、子どもたちを愛することも出来るのだと、感じたことがあります。

こういうことなのかな?と思います。

(続く)

※「ロジャーズのカウンセリング(個人セラピー)の実際」カール・ロジャース著コスモス・ライブラリー P.53

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ピンクの花

お隣さんの、ピンクの花が咲き始めました!

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桜かな? 梅かな? 桃かな・・・?

ふわり

      ふわり    と

                    緩んで

冬のあいだに ためこんだエネルギーが

ぽっ

        ぽっ      と・・・

この 瞬間が、たまらなく 好き 

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2010年3月4月 アトリエの予定

◆キンダークラス 定員@1クラス:4名

金曜日クラス(16:00~17:30)
 3月12日(金)自由表現の日 3月26日(金)お楽しみ画材の日
 4月 9日(金)自由表現の日 4月23日(金)創作画材の日
第2,4土曜日クラス
(AMクラス10:30~12:00&PMクラス14:00~15:30)
 3月13日(土)自由表現の日 3月27日(土)お楽しみ画材の日
 4月10日(土)自由表現の日 4月24日(土)創作画材の日
  ※3月20日(土)は研修のため、3月の振替予備日は、
    
6日とさせていただきますこと、どうぞご了承くださいませ。

4月より新設!
第1,3土曜日クラス 
(AMクラス10:30~12:00&PMクラス14:00~15:30)
 4月 3日(土)自由表現の日 4月17日(土)創作画材の日

◆プチ・クラス(対象:1歳~4歳)定員3名 
第2・第4金曜日クラス(11:00~12:00)
 3月12日(金)自由表現の日 3月26日(金)お楽しみ画材の日
 4月 9日(金)自由表現の日 4月23日(金)創作画材の日

第1・第3金曜日クラス(11:00~12:00 
 3月 5日(金)自由表現の日 3月19日(金)お楽しみ画材の日
 4月 2日(金)自由表現の日 4月16日(金)創作画材の日

3月より新設!
◆ジュニアクラス(小学校高学年~高校生)・大人クラス
 3月30日(火)14:00~16:00
   ※詳しくは、お問い合わせください。

その他、マンツーマンでもクラスを開いていますので、
お気軽にお問い合わせください。

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