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妊娠生活(1)

結婚して、すぐに子どもを持つことは、私にとっては、とても恐ろしいことでした。このまま何も考えず、子どもを持ってしまったら、無意識に無自覚に、また私のような人間が出来上がってしまうと思っていた私は、しばらく「自分探し」をすることにしました。

受けたくても家庭の事情で受けることの出来なかった大学教育なるものを、通信制の大学で学びました。「こんなに勉強する大学生は初めて見た!」と夫にも言われるくらい、心のおもむくまま夢中になって勉強しました。自分の根っこ探しでもあります。アカデミックな勉強だけでなく、根っこというのは育てていくものだと気づくには、これからまだ何年も先のことです。

それから、中学生のとき、ひそかに弾いてみたいと決意していたり、オーケストラの演奏会を聴いてものすごく感動し、あの音の渦の下であるオーケストラの中で聴いたらどんなふうに聴こえるのだろうか、あそこで演奏してみたいと思ってしまったのもあり、Violinを習い始めました。

また公共団体が開催している消費者向けの講座など、あちこち出かけて、それまで仕事一筋だった私の偏りを、訂正するかのように学んだりもしました。

3年経った頃、このままでは、子育てが出来るような私になる前に、人生が終わってしまう…と気づいた私は「生まれてくる子どもと一緒に私も育てばいいのだ!」とふとひらめき、授かった子が、今の娘です。

妊娠初期の頃は、子宮の壁に影があり、胞状奇胎の疑いがあると病院で言われました。妊娠して、よりナーバスになっていた私は、医者や病院の人々の何気ない一言によく傷ついていました。そのうえ、疑いがあるとわかり、毎週検査のために病院に通うのはきつかったです。でも、週をおうごとにお腹の中の赤ちゃんの成長が確認できるので、良いこともあるな~と思い直しました。
このことは、夫以外には親にも誰にも言いませんでした。心配されることが耐えられなかったのです。今から思えば、それくらい私はショックを受けていたし、不安が強かったのですね。

ある時、エコーの画像を見ていたら、宇宙空間のような子宮内の羊水にポッカリと浮かんでいる娘の、足を魚のヒレのようにクルクル回している姿が映っていました。あまりにその平和でのんきな姿に、思わず笑いがこみ上げてきました。この子は絶対大丈夫。一緒に頑張ろうねって、それから思えるようになったのです。
(続く)

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